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静岡地方裁判所 平成4年(ワ)641号 判決

原告

三洋総合キャピタル株式会社

右代表者代理取締役

黒河内尉公

右訴訟代理人弁護士

井上智治

右訴訟復代理人弁護士

野間自子

被告

更生会社静信リース株式会社管財人

土屋連秀

被告

更生会社静信リース株式会社管財人

松嶋英機

右管財人代理

腰塚和男

青島伸雄

冨山喜久雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告が更生会社静信リース株式会社に対して金一八億六〇二五万七一九〇円の更生担保権及び同額の議決権を有することを確定する。

第二事案の概要

本件は、債権譲渡担保契約における対抗要件の否認の成否が争点となった事案である。

一争いのない事実等

1(一)  三洋ファイナンス株式会社(同社は平成四年七月一日に原告に吸収合併されて解散した。以下、合併前の三洋ファイナンス株式会社を含めて「原告」と表示する。)は、平成二年七月三一日、静信リース株式会社(以下「静信リース」という。)との間で、原告と静信リースとの間の金銭消費貸借取引によって静信リースが原告に対して現在及び将来負担する一切の債務を担保するため、静信リースが原告に貸付金債権譲渡担保差入証を提出する方法で、静信リースの第三債務者に対する債権を原告に譲渡する旨の契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。(争いがない。)

(二)  本件基本契約において、原告及び静信リースは、静信リースが原告に対し、本件基本契約に基づく債権譲渡契約により静信リースから原告に対してなされる債権譲渡についての第三債務者に対する通知をする代理権を授与し、原告は債権保全を必要とする相当の事由が生じたときはいつでもその代理権を行使することができる旨の合意をした。(争いがない。)

(三)  静信リースは、平成二年七月三一日、本件基本契約に基づき、原告に対して別紙債権目録記載の静信リースの第三債務者に対する金銭消費貸借債権(以下「本件各債権」という。)につき貸付金債権譲渡担保差入証を提出して、原告との間で、本件各債権を目的とする債権譲渡契約(以下「本件各債権譲渡契約」といい、本件各債権譲渡契約に係る債権譲渡自体を「本件各債権譲渡」という。)を締結した。(争いがない。)

2  原告は、平成二年八月二二日、静信リースに対し、次の約定により金二〇億円を貸し付けた(以下「本件消費貸借契約」という。)。

ア 利息 当初利率年9.1パーセント(年三六五日の日割計算)の割合により、借入日及びその後三か月毎の各二二日を支払日として、それぞれ次回支払日までの分を前払いする。ただし、利率は変動金利制とし、各付利期間毎にその開始日当日のいわゆる長期プライムレートに係る利率に1.2パーセントを加算した率とする。

イ 元本弁済方法 平成三年一月及びその後三か月毎の各二二日にそれぞれ一億円宛て分割して支払う。

ウ 遅延損害金 年一四パーセントの割合(年三六五日の日割計算)

(〈書証番号略〉弁論の全趣旨)

3  原告は、右1の(二)の代理権に基づき、静信リースを代理して、平成三年四月二二日、東京中央郵便局において、本件各債権の第三債務者に対し本件各債権譲渡についての通知書を内容証明郵便によって発送し、同日午後一一時過ぎころ右発送手続を完了したところ、右通知書は、別紙債権目録一ないし七及び一一ないし二二記載の各第三債務者に対しては、同目録の当該番号の各債権譲渡通知の到達日欄記載の日時に到達したが、同目録八ないし一〇記載の第三債務者(和商総合ファイナンス株式会社)に対しては、同社が住所を移転していたことから到達しなかったため、原告は、同月三〇日に改めて同一内容の債権譲渡通知書を新住所に宛てて内容証明郵便によって発送し、右通知書は同目録八ないし一〇記載の各債権譲渡通知の到達日欄記載の日時に第三債務者に到達した。(〈書証番号略〉、証人佐藤和博の証言、弁論の全趣旨)

4  静信リースは、平成三年四月二二日午後三時、静岡地方裁判所に会社更生手続開始の申立て(以下「本件申立て」という。)をし、同年一〇月七日午前九時三〇分、同裁判所により会社更生手続開始決定がなされて被告らが管財人に選任された。(争いがない。))

5  原告は、平成四年二月四日、静岡地方裁判所に対し、更生担保権及び議決権の額を各一八億六〇二五万七一九〇円(本件消費貸借契約に基づく貸付金残元本一七億八六六八万四九三二円及び右貸付金残元本に対する平成三年四月二三日から同年一〇月六日まで年九パーセントの割合による遅延損害金七三五七万二二五八円の合計額)、担保権の種類及びその目的物を本件各債権に対する貸付金債権譲渡担保とする趣旨の届出をしたところ、被告らは、平成四年一一月五日の第五回更生債権調査期日において、右届出に係る更生担保権及び議決権の全額について異議を述べた。(争いがない。)

6  被告らは、本訴において、右3の各債権譲渡通知による原告の債権譲渡担保権設定を目的とする本件各債権譲渡の対抗要件の具備が、静信リースの更生手続開始の申立て後になされたものであり、かつ、その債権が静信リースから原告に債権譲渡担保設定を目的として移転した日から一五日を経過した後悪意でなされたものであるとして、会社更生法八〇条に基づき、これを否認する。

二争点

本件の争点は、

1  本件基本契約において、原告と静信リースとの間に、債権譲渡担保権設定を目的とする本件基本契約に基づく債権譲渡契約(現実には本件各債権譲渡契約)の効果が静信リースの資産状況が著しく悪化したときにのみ生じるとの合意がなされたかどうか。仮に、右合意がなされたとした場合には、右本件各債権譲渡契約の効果が生じて本件各債権が静信リースから原告に移転したのはいつか。

2 右1の合意の有無又は本件各債権の移転時期により、右一の3の各債権譲渡通知による本件各債権譲渡の対抗要件の具備行為が、債権譲渡担保権設定を目的とする本件各債権の移転の日から一五日を経過した後になされたことになるとすれば、右各債権譲渡通知の際に、原告は、静信リースの更生手続開始の申立てにつき悪意であったかどうか。

である。

三争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 争点1について

(1) 静信リースのようないわゆるノンバンクといわれる金融機関の存在は、現在、国民生活に不可欠な存在となり、国民経済の健全な発展に多大の寄与をしているが、金融機関がこれらノンバンクに対して融資をする場合において、人的担保又は不動産担保を求めることが実際的でないため、それらの担保に代わって創出されたのが、本件のような債権を担保の目的とする方法である。

(2) 債権を担保の目的とする方法については、我国では十分な法制が整っていないので、担保目的を達成するために債権譲渡という法形式をとらざるを得ず、したがって、融資の際に、当事者間で担保権設定目的の債権譲渡契約を締結することになるが、その際、実務においては、第三債務者に対する譲渡の通知等の対抗要件具備行為を行わないことを条件とし、また、債務者は、債権譲渡契約後も、従前どおり、第三債務者から譲渡債権の回収をするという特約を付するのが通例である。このような形態をとるのは、担保権者である債権譲受人としては、実際に担保権を実行するまでは、自ら譲受債権の回収をする必要はなく、またその手間と費用を免れたいという思惑があり、他方、担保権設定者である債権譲渡人としても、債権担保に対する一般的理解が得られていないため、債権譲渡通知等がなされた場合には、自己の財産状態についての信用の低下を招来するおそれがあるので、それを避けたいという思惑があるためであって、このような関係者の利益を考慮しつつ、債権担保の手段とするために、右のような特約付の債権譲渡の方式がとられるのが一般的である。そして、このような債権の取立権が債務者に留保されている形態の債権譲渡担保においては、債務者は、債権譲渡契約後も譲渡債権につきその債権の回収を行って回収資金を再び事業資金として投下することが可能であり(債務者の債権者に対する債務の弁済は直接はこの回収資金を充てることなく、別途約定に従って行われるのが通常である。)、担保の目的たる債権は担保権の実行に至るまで流動的な状態にある(集合債権譲渡担保)。

そうだとすれば、右のような債権譲渡担保権設定を目的とする特約付の債権譲渡契約においては、債権者と債務者との間の債権譲渡契約は単に債権移転の原因行為であって、債権はこれによって移転するものではなく、担保権の実行を必要とする時に始めて債権譲渡契約の効果が生じ、債権が移転するものと解することが合理的である。

(3) 本件基本契約に係る契約書である貸付金債権譲渡契約書三条の、「1甲(原告)が請求したときは、乙(静信リース)は第三債務者に対して確定日付ある証書をもって貸付金債権譲渡の通知をし、または、第三債務者の承諾を得るほか、甲の権利保全ならびに行使に必要な書類を甲に交付する。2乙は甲を代理人と定めて前項の貸付金債権譲渡の通知をなす権限を委任し、甲は債権保全を必要とする相当の事由が生じたときはいつでもその代理権を行使することができる。」との規定(なお、同条二項の「債権保全を必要とする相当の事由」とは、静信リースの財産状態が著しく悪化し、債権譲渡契約の効果を実際に発生させ、原告が第三債務者から直接取立回収行為をしなくてはならないような事由を意味する。)、本件基本契約の締結時に作成された原告と静信リースとの間の貸付金債権取立委任契約書一条の「甲(原告)は、甲が乙(静信リース)から譲受けた貸付金債権の取立を乙に委任し、乙はこれを承諾した。」との規定、同契約書二条の「乙は、前条により委任を受けた貸付金債権の取立状況を毎月甲に報告するほか、甲から指示があったときは、直ちにその指示に従う」との規定、同契約書三条一項の「甲は、第一条の取立委任を任意に解約することができる。」との規定、同契約書五条の「乙は、本契約による取立委任については報酬の請求をしないことはもちろん、その取立に必要ないっさいの費用を負担する。」との規定、平成二年八月二二日に原告と静信リースとの間に取り交わされた覚書の「‥乙(静信リース)が甲(原告)に差し入れる譲渡担保債権の金額は、乙が甲に対して負担している一切の債務の合計額の一一〇%を下らないものとします」との規定は、いずれも、本件基本契約に基づく債権譲渡契約が、右(2)の特約付の債権譲渡契約であること、すなわち、第三債務者に対する譲渡の通知等の対抗要件具備行為を行わず、静信リースは債権譲渡契約後も、従前どおり、第三債務者から譲渡債権の回収をしてこれを取得し、静信リースの資産状況が著しく悪化して担保権を実行する必要が生じたときにのみ、債権譲渡契約の効果が生ずるとの特約が存在することを示すものである。

(4) したがって、本件各債権譲渡契約の効果が生じ、本件各債権が静信リースから原告に移転したのは、静信リースの資産状況が著しく悪化し、かつ、原告がこれを察知した時であり、その時期は、平成三年四月二二日の午前中である。

そうすると、同日原告が静信リースを代理して行った本件各債権の第三債務者に対する本件各債権譲渡についての通知は、権利の設定又は移転があった日から一五日を経過した後の対抗要件具備行為には当たらないから、これを会社更生法八〇条一項に基づいて否認することはできない。

(5) なお、以上のような債権担保のための特約付の債権譲渡契約は、会社更生法八〇条が本来想定しているような、倒産等の危機的状態において債権者が債務者の弱い立場につけこんでした詐害的行為ではなく、現行法が、社会の現状に追いつかないため、その枠組内で関係者の利益の調和を図って考案された苦肉の策というべきである。

それにもかかわらず、本件のような状況においてなされる対抗要件具備行為が、会社更生法八〇条一項の否認の対象となるとすれば、担保目的の債権譲渡契約の本来の機能は、その最も肝心の場面で機能し得ないこととなり、結局、金融機関はノンバンクに無担保の貸付を余儀なくされることとなるから、金融機関はノンバンクに対する貸付自体を差し控えるようなことが考えられ、その結果として国民生活に不可欠の存在となったノンバンク自体の存在が脅かされることとなってしまい、その弊害の大きいことは明らかである。

しかも、原告は、本件各債権譲渡契約に基づいて更生担保権を有することを主張しているにすぎないのであるから、原告の主張を認めることは更生会社の維持更生を図るという公益的目的を害するものではない。

(二) 争点2について

(1) 会社更生法八〇条一項の善悪意は、対抗要件具備のための行為時とその効果の発生時とが異なるときは、行為時を基準として判断すべきであり、したがって、指名債権の譲渡の通知が通知書を郵便に付して行われた場合においては、その発生時に善意であれば、その後到達時においては悪意となっていたとしても、なお、善意でしたものとして、同条による否認の対象とはならないものというべきである。

(2) 原告は、平成三年四月二二日に静信リースに信用不安の噂が発生していることを知り、原告代理人らに依頼して、本件各債権につき、静信リースを代理して第三債務者に対する債権譲渡の通知書を発送したものであるが、静信リースが同日本件申立てをしたことを知ったのは、翌二三日になってからである。なお、同月二二日にテレビ番組等により、本件申立てについて報道がなされたとしても、原告はこれを見ていなかった。また、債権譲渡通知書の発送に携わった本訴原告代理人においても、その発送手続を終えるまでは、本件申立てについて全く知らなかった。

(3) なお、平成三年四月二二日に発送した債権譲渡通知書が到達しなかった別紙債権目録八ないし一〇記載の第三債務者(和商総合ファイナンス株式会社)に対し、再度の通知書の発送をした同月三〇日には、原告は、本件申立てがされたことを知っていたが、通知の相手の住所変更その他の理由で偶々通知書が到達しなかったという理由で、対抗要件の具備が遅れ、その不利益が過失のない原告に負わされることは不公平であるから、この場合においても、当初の債権譲渡通知発送時に善意であれば、会社更生法八〇条一項の要件との関係では善意であるものと解すべきである。

2  被告らの主張

(一) 争点1について

(1) 本件基本契約に関して静信リースと原告との間に取り交わされた契約書等に、本件基本契約に基づく債権譲渡契約の効果が静信リースの資産状況が著しく悪化したときにのみ生じるとの特約の記載は一切存在しない。

原告が主張する各契約書等の条項によっても、対抗要件の具備行為が、原告が債権保全を必要とする相当の事由が生じたと判断したときまで(これを、静信リースの財産状態が著しく悪化したときに限る根拠は存在しない。)留保されているだけであるし、また、原告は、譲受債権の取立委任を任意に解約することができるとされているのであるから、これらの条項により、右のような特約の存在を認めることはできない。

なお、右条項により、原告は静信リースから譲渡債権についての債権譲渡通知の委任を受け、また、その旨の委任状を徴していたのであって、本件各債権譲渡契約締結後、いつでも右の通知をすることが可能であった。

(2) 原告の主張に従えば、静信リースが会社更生手続開始の申立てをした後、原告がこれについて悪意で債権譲渡の対抗要件を具備したとしても、被告らがこれを否認することは一切できなくなるが、この結果が他の債権者との均衡を欠き、不当であることは明らかである。

(二) 争点2について

(1) 指名債権の譲渡の通知が通知書を郵便に付して行われた場合においては、これが第三債務者に到達したときに通知の効果が生じ、その結果対抗要件が具備するのであるから、会社更生法八〇条一項の善悪意は到達時を基準として判断すべきである。しかるところ、本件各債権譲渡についてなされた通知が第三債務者に到達したのは、平成三年四月二三日以降であり、その時点で原告が本件申立てがなされたことを知っていたことは、原告の自認するところである。

(2) 仮に、会社更生法八〇条一項の善悪意は債権譲渡通知書の発送時を基準として判断すべきであるものとしても、原告は、本件各債権譲渡の通知書を発送した時点で本件申立てがなされたことを知っていた。

すなわち、本件申立ては平成三年四月二二日午後三時になされたものであるが、同日午後四時には、本件申立てに係る代理人弁護士らが、静岡県庁において本件申立てについて記者会見を行ってこれを公にしているばかりか、同日午後四時五二分にはパソコン通信を使った時事通信社の興信情報サービスであるMAINが本件申立てについての最初の報道を行い、さらに、同日午後六時三〇分からの静岡県のローカルテレビ番組である「SBSテレビ夕刊」及び同日午後七時からのNHKテレビの全国ニュースがそれぞれ本件申立てについて報じたのであるから、同日の午後一一時に本件債権譲渡の通知書の発送を完了した原告が、右発送の時点において本件申立てがなされたことを知っていたことは、容易に推認されるところである。

第三争点に対する判断

一争点1について

1  意思表示の効果は、当時者間の特約又は法令の規定によりその効果が意思表示の時点よりも後に生ずるものとされていない限り、意思表示の時点において生ずるのが民法上の原則である。そして、債権譲渡契約について、一般にその効果が契約時よりも後に生ずるものとする法令の規定は存在しないから、本件基本契約に基づく債権譲渡契約についてその効果が意思表示の後の特定の時期に生ずるものとされるかどうかは、ひとえにその旨の特約が静信リースと原告との間に存在したかどうかによって決せられるものというべきである。このことは、本件基本契約に基づく債権譲渡契約が、原告の静信リースにする債権を担保する目的でなされ、かつ、後記2のとおり、差し当たって債権譲渡通知を留保し、原告が静信リースに譲受債権の取立を委任する旨の合意があるとしても同様に解すべきである。なぜなら、かかる合意を伴う担保目的の債権譲渡契約が、原告の主張するようなそれぞれの当事者の思惑によってなされるものであるとしても、現状においては、それが故に、右の民法上の原則の例外として、その旨の特約なくして、法律上当然に債権譲渡契約時よりも後の特定の時期にその効果が発生する(逆にいえば、右の特定の時期にならなければ債権譲渡契約の効果が生じない)とする法的確信が取引社会において一般に形成されているとはいえないのみならず、債務者が譲渡債権の取立てをする権能を取得するためには、本件基本契約において現になされているような債権者の債務者に対する取立委任の合意が存在すれば足り、そのために債権譲渡契約の効果が生じていないとするまでの必要はなく、さらに、何らかの理由により一定の時期まで債権譲渡契約の効果を生じさせないとすることが必要であれば、その旨の合意をすることにより目的を達することが可能であり、結局、右のような場合であっても民法上の原則に対する例外として構成しなければならない理由は特に存在しないからである。

2  〈書証番号略〉によれば、本件基本契約に係る契約書である貸付金債権譲渡契約書、本件基本契約の締結時に作成された原告と静信リースとの間の貸付金債権取立委任契約書及び平成二年八月二二日に原告と静信リースとの間に取り交わされた覚書に、原告の主張する各条項が存在することが認められる。

しかしながら、右各条項によっても、本件基本契約において、原告が請求するまで(貸付金債権譲渡契約書三条一項)、あるいは原告が債権保全を必要とする相当の事由が生ずるまで(同条二項)、債権譲渡通知を留保する旨の合意が存すること、及び原告が任意に解約するまで静信リースに譲受債権の取立を委任する旨の合意が存することは認められるが、本件基本契約に基づく債権譲渡契約の効果が静信リースの資産状況が著しく悪化したときにのみ生じるとの特約が記載されていると認めることはできず、却って、その文言上は、静信リースから原告に対する債権譲渡担保権設定を目的とする債権の移転が債権譲渡契約時に生ずることを前提としているものと読み取ることが自然である。もっとも、契約の解釈に当たっては、必ずしも契約書の文言にのみ拘泥することなく、当事者の当該契約をした目的に即して解釈することも必要であるが、この見地によっても、直ちに、右各条項によって債権譲渡契約の効果が静信リースの資産状況が著しく悪化したときにのみ生じるとの特約が存在することが認められるということはできない(例えば、債権譲渡担保権の効力という点から見れば、本件のような会社更生法八〇条一項又は破産法七四条一項との関係では、担保の目的である債権が移転していないことが却ってその効力を強化することに繋がるが、一般には、たとえ対抗要件を具備してはいなくとも、債権が移転している場合の方が移転していない場合に比べ、より債権譲渡担保権の効力が強くなることは、担保の目的である債権が第三者によって不法に侵害されたような例を想定すれば明らかであり、債権担保の目的があるからといって、当事者が常に、債権譲渡契約の効果を債務者の資産状況が著しく悪化したときにのみ生じるとする特約をするとするのが合理的であり、あるいは通常の事態であるとはいえない。)。

他に、本件基本契約において、原告と静信リースとの間に本件基本契約に基づき静信リースと原告間においてなされる債権譲渡契約の効果が静信リースの資産状況が著しく悪化したときにのみ生じるとの特約があることを認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、本件基本契約に基づく債権譲渡担保権設定を目的としてなされた本件各債権譲渡契約の効果は、本件各債権譲渡契約のなされた平成二年七月三一日に生じ、同日、本件各債権について静信リースを担保権設定者とする債権譲渡担保権が設定されたものというべきである。

二争点2について

1  会社更生法八〇条一項による否認の要件である対抗要件具備行為の受益者に係る悪意の有無は、、同項の文言及びその規定の趣旨に鑑みて、対抗要件具備のための行為をした時点で判断すべきであり、このことは、その効果の発生時、したがって対抗要件を具備したとされる時期がこれと異なる場合も同様であると解すべきである。

したがって、本件のように債権の譲受人が譲渡人を代理して、その債務者に対する債権譲渡通知書を内容証明郵便に付して発送した場合においては、郵便局窓口において内容証明郵便の発送を依頼した時点において、当該譲受人が悪意であったか否かが判断の対象となるものと解される。

2(一) 前記第二の一の3の事実に、〈書証番号略〉、証人佐藤和博の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、第三債務者に対する本件各債権の譲渡通知書の発送手続は、本訴原告代理人の所属する弁護士事務所の事務員が行ったこと、右事務員は、右通知書(合計一八通)を東京中央郵便局の窓口に一括して提出してその発送依頼をしたものであり、その発送手続が完了したのは平成三年四月二二日午後一一時過ぎであること、右発送手続には約一時間ほどの時間を要したこと、がそれぞれ認められる。そうすると、本件各債権の債権譲渡通知のための内容証明郵便の発送が郵便局窓口で依頼がされたのは、早くとも平成三年四月二二日の午後一〇時過ぎころであったものと推認することができ、したがって、右日時ころを基準として、原告が、本件申立てについて悪意であったかどうかについて判断すべきである(ただし、別紙債権目録八ないし一〇記載の各債権については、再度の債権譲渡通知によって、はじめて対抗要件が具備するに至ったものであるから、原告が本件申立てについて悪意であるか否かの判断時期は、対抗要件が具備されることとなった再度の発送手続をとった平成三年四月三〇日と解されることとなる)。

(二)  〈書証番号略〉及び証人佐藤和博の証言によれば、本件申立てがされた前後の状況に関して、次の事実が認められる。

(1) 静信リースは、本件申立ての前日である平成三年四月二一日に臨時取締役会を開催し、本件申立てをすることを最終決定した。

(2) その後、本件申立て当日である同月二二日に、本件申立代理人の清水尚弁護士が、静信リースの社長である田中貞次(以下「田中社長」という。)とともに東京都所在の主要債権者を訪ね、また、当日午前中に、本件申立代理人の大澤恒夫弁護士及び坂巻道子弁護士が、柴田光雄静信リース監査役とともに静岡県内の主要債権者を訪ねて、それぞれ本件申立てに至った事情説明と協力要請を行った。

(3) 静信リースは、同日午後三時、静岡地方裁判所に本件申立てを行い、その後、同日午後四時から、田中社長及び本件申立代理人の清水直弁護士において、静岡県庁八階の社会部記者クラブで、本件申立てについての記者会見を行い、さらに引き続いて、静信リースの関連会社である静岡信用金庫も本件申立てについて記者会見を行った。

なお、日本経済新聞の同月二四日の報道によれば、本件申立ては金融機関系列のリース会社が倒産した初めての例であるとされたほか、本件申立時における静信リースの負債総額は約二五〇〇億円余で、これは倒産の規模としては、当時において史上四番目であり、かつ、ノンバンクとしては過去最大であった。

(4) 原告は、同日午後三時過ぎころ、静信リースが会社更生手続開始の申立ての準備をしているらしいとの情報を金融関係筋から得、従業員である佐藤和博(以下「佐藤」という。)において、静信リースに直接電話をして右事実の確認をとろうとしたが、同社の様子がいつもと違うことを感じたものの、本件申立てがなされたか否かについて確たる回答は得られなかった。

そこで、原告の当時の代表取締役社長である土屋宏(以下「土屋」という。)、当時の常務取締役である三品頼久(以下「三品」という。)及び佐藤らは、今後の対応について相談するため、本訴原告代理人の所属する事務所を訪問し、本訴原告代理人でもある井上智治弁護士の指示により、直ちに本訴原告代理人事務所において本件各債権譲渡に係る譲渡通知書を作成し、その発送手続をすることとなった。

なおその際、井上智治弁護士が、静岡地方裁判所に電話して、本件申立てがなされたか否かの確認をとろうとしたが、回答を拒否され、本件申立てがされたかどうかについての正確な情報は得られなかった。

(5) 佐藤は、本訴原告代理人事務所から帰社した後も、本訴原告代理人の求めに応じて債権譲渡通知発送手続の補助ができるよう、同日午後九時ころまで原告の社内で待機していた。

(6) 他方、静信リースが本件申立てを行ったことについては、金融機関や多数の一般企業によって利用されているパソコン通信を利用した時事通信社の興信情報サービスであるMAINによって、同日午後四時五二分に「静信リースが更生法適用を申請=負債総額二五五〇億円と史上四番目」との情報提供がされ、同日午後五時二四分には、さらに詳しい内容の情報提供がされた。

また、同日午後六時三〇分からの静岡県のローカルテレビ番組である「SBSテレビ夕刊」や午後七時からのNHKテレビの全国ニュースにおいても本件申立てがされたことが報道され、翌朝の日本経済新聞では、一面で本件申立てがなされたことが報じられた。

以上の事実を認めることができる。

(三) 右(二)の事実によれば、原告は、本件申立て当日、金融機関の間に広がっていた本件申立てがなされそうだとの情報を得て、静信リースを代理してなす本件各債権についての債権譲渡の通知に係る通知書の作成及び発送を本訴原告代理人事務所に依頼するところとなったものであり、右債権譲渡通知書の作成を開始した時点においては、本件申立てがなされたとの確実な情報までは得ていなかったものと推認される。

しかしながら、原告が静信リースに対して有する債権は、本訴において主張されているだけでも一八億円を超える巨額にのぼること、原告及び相談を受けた本訴代理人弁護士らは、本件申立てがなされそうだとの情報を得た後、静信リースや裁判所に電話してその確認をとろうとしたこと、原告の代表取締役自らが本訴代理人事務所を訪ねて対応策の相談をするなどしたことなどに照らすと、原告においては、本訴代理人事務所に債権譲渡通知書の作成及び発送手続を依頼した後も、引き続き本件申立てがなされたかどうかの情報収集に務めていたものと推認することが相当であり、他方、本件申立ては、金融機関系ノンバンクの最初の倒産事例であり、しかも当時で史上四番目に当たる規模の大型倒産であるから、右(二)の各ニュース番組だけではなく、当日夕刻からのテレビ、ラジオのニュース番組のいずれにおいても、主要な事件として報道されたものと推認され、したがって、債権譲渡通知の発送手続に着手された当日の午後一〇時過ぎころまでに、土屋、三品らは、静信リースが本件申立てをしたことはすでに知っていたものと容易に推認することができる。

原告は、本件申立ての翌日である同月二三日になって初めて本件申立てがなされたことを知った旨主張するが、〈書証番号略〉及び証人佐藤和博の証言によれば、それは、結局、原告の一従業員である佐藤又は本訴原告代理人の一人である井上智治弁護士の認識を主張しているに過ぎないことが窺えるところ、仮に同人らが同月二三日になって初めて本件申立てがなされたことを知ったとしても、土屋、三品らにおいて同月二二日午後一〇時過ぎころまでに右事実を知っていれば、原告が本件申立てのなされたことにつき悪意であるというに何ら妨げはないし、また、前記認定の事実に照し、右の点に関する〈書証番号略〉の記載及び証人佐藤和博の証言自体、たやすく措信することはできない。

なお、別紙債権目録八ないし一〇記載の各債権については、再度の債権譲渡通知によって、はじめて対抗要件が具備するに至ったものであるから、原告が本件申立てについて悪意であるか否かの判断時期は、対抗要件が具備されることとなった再度の発送手続をとった平成三年四月三〇日と解されることとなるが、右は、本件申立てについて原告が悪意であると推認された以後のことであるから、いずれにせよ原告が、静信リースを代理してした債権譲渡通知発送時において、本件申立てについて悪意であることには何ら変わりはないというべきである。

第四以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官荒川昂 裁判官石原直樹 裁判官森崎英二)

別紙債権目録〈省略〉

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